SNS向きでない長文転記場所

5年くらい前に他で公開した文章をほとぼりが冷めたころに転載したものです

死人にくちなしとは言うものの

f:id:odyssey_in_the_sky_with_DEMPA:20191215232653j:plain


土井たか子が亡くなりましたが、直後に百田尚樹が彼女を批判したことで話題になっています。
新聞赤旗なんかは激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリーム状態ですが、私にとっては他人事なので、赤組がんばれ白組がんばれという印象です。

百田氏が故土井氏に暴言/NHK経営委員の資格なし

春秋時代の政治家である伍子胥が、自分の親兄弟を殺した平王の「屍に鞭打つ」たために、その情の薄さを非難されるようになってしまいました。
これからもわかるように、すでに亡くなった人を貶める行為はあまり評判が良くないようです。
一方で、小説などでは実在の人物を悪役に仕立て上げたりすることもあり、このあたりの倫理的な境目がよくわからないところでもあります。
南総里見八犬伝」は戦国時代を舞台とした江戸末期の小説ですが、著者の滝沢馬琴は自評にてこう記しています。

---引用始まり---
本伝なる、定正顕定成氏の如きは、皆暴悪暗愚の君ならぬも、酷く貶して作り倣ししを、みるひと訝しく思ふもあるべし。
かの定正顕定は、その先世に、主君持氏を弑し、かつ乱世の蔽に乗して、京都将軍の命令をもて、持氏の幼息、春王安王を生とり害して、かつ故君の職を横領しける、不義逆悪の行ひあり。
(中略)
こゝをもて本伝には、貶してもて愚将とす。
---引用終わり---

つまりは、
「悪役になった人は必ずしも極悪人じゃないけれど、悪いことしたのも事実なのでそこをクローズアップして悪人扱いしたのですよ」
と、わざわざ言い訳しているのです。
ええ~?そんな言い訳していいわけ~?と思わないでもないですが、どうやらそうとういろんな人に馬琴はとやかく言われたみたいで、その結果、このような言い訳せざるをえなくなったようです。
馬琴の時代からみて戦国時代といえば300年位前のことですが、それでもこんなに気を使わなければならないこともあるという、一例です。

一つ思い出すのは、松本清張の「日本の黒い霧」です。
戦後間もない日本でおきた不可解な事件について、米国の謀略が絡んでいたとする前提のもとに事実と推測を交えて述べた、彼の代表作のひとつです。
しかし、さすがにこれはやりすぎだったようで、この中で元共産党幹部の伊藤律が当局のスパイとして記載されたことに対して、最近遺族が抗議して事実上中身が修正されてしまいました。

清張さん「黒い霧」に注釈 スパイ説に遺族抗議 :日本経済新聞

取り扱う時代が近ければ近いほど、こういったリスクを考慮しなければならないのです。
一方で、海音寺潮五郎が「明治太平記」や「悪人列伝」で井上馨を完全なる悪役として描きましたが、こちらは井上家ともめたような話は聞きません。
井上馨汚職を働いたというかなり明確な証拠が残っていたことが、影響しているのかもしれません。

しかし、1800年前のこととなればもう英雄だろうが何だろうがやりたい放題です。
いまこの2000年以降の日本においては、三国志の登場人物を萌え萌えな女の子に変身させることが大流行しています。

これは恐ろしいことですよ。
まさか、死後自分をモデルにしたキャラクターが萌え萌えになって、オタクどもに媚を売ることになろうとは何たる屈辱。
冥界から訴訟を起こされてもやむをえないほどの事態だと思います。
まだこんな目に遭うなら、死体に鞭打ってくれたほうがマシだと思う人もいるかもしれませんよ。

(2014年10月03日)