男子大学生が就職すると太るという神話(フトゥルー神話)
ちょっと前に中島啓子が急死しました。
体重が150kgを越えていたそうですが、やはりあれだけ太っていると健康へのリスクも大きかったのでしょうか?
数日前まで普通に活動していたとのことでびっくりです。
同じく肥満体であったナンシー関が亡くなったのは私が就職した直後でしたが、このときも本当に驚きました。
私自身はナンシー関に対する思い入れがあるわけではないので、悲しいとかそういう感情はありません。
でも、ほんの数日前まで普通に活動していた人が事故でもないのにいきなり亡くなるのを見ると、死は意外と近くにあるものだと実感します。
ナンシー関の死後、彼女の文体に似せた彼女の死に関する記事のようなものが出回ったのを見て、まだ彼女が生きているかのような錯覚を覚えたものです。
(参照:そんなわけで、急死である。 - 名文コピペR18 - Seesaa Wiki(ウィキ))
一緒に就職した同期にも体重が120kgの巨漢がいて、少し彼の健康が心配になったのを覚えています。
最近、「リスクの人類学」という本を読みました。
http://www.amazon.co.jp/dp/4790716295/
この中で紹介されていたアメリカの「Fat Acceptance」(肥満受容)運動は、私にとってはやや衝撃的でした。
医者や政府は統計から判断して、肥満は健康を害する因子と判断して、国民に肥満状態を解消するように勧告、要求します。
しかし、Fat Acceptance運動のメンバーは、産まれつき背の高い人と低い人がいるのと同様、産まれつき体重が軽い人や重い人がいるだけであり、肥満の解消を強要するのは存在否定、差別であると主張します。
多くの人のデータから、体重とある種の病気になる確率に正の相関があるのは事実だが、だからといって「自分にとって」太っていることが直接病気の原因となるものではないというのです。
これは一瞬
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/ ⌒ ⌒ \ ハハッ ワロス
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\ トェェェイ /
/ _ ヽニソ, く
で済ませてしまいそうになる話ですが、よくよく考えると彼らの主張が間違っていることを証明することは大変困難です。
もし彼らが病気になったとしても、その原因が肥満にあるのかそれ以外の因子にあるのかを分離することは不可能ですし、病気になっていないとなおさら何も言うことができません。
大げさにいうと、この世界というものに対する解釈の違いとなるように思います。
彼らの見ている世界と、肥満=不健康だと思っている人の見る世界は、全く異なったものなのかもしれません。
私がこれほど肥満にこだわるのは、単に私自身が徐々に太りやすい体質になりつつあるというそれだけではありますが。
私の周囲では、学生時代やせていた人でも就職した瞬間に太りだす例がたくさん見られました。
私はこれを、「就職したら太る神話」略して「フトゥルー神話」と読んでいます。
私自身は幸いこの「フトゥルー神話」からは逃れていたのですが、さすがに年齢的に厳しくなってきたようで、宇宙的恐怖感を感じている真っ最中です。
最近だんだんわかってきたのは、間食をすると太るのですが、間食をやめると「まだ今のうちは」すぐにやせることができるということです。
むかし、タレントのコロッケが
「このまえ試しに太ってみたらやっぱり体が重かったから、やっぱりやせることにした」
みたいなことを言っていたのを思い出します。
「太ってみた」ってすごいフレーズです。
ニコ生風に言うと「太り手」ですね。
わこつー。
やばいと思ったが、食欲を抑えきれなかった。
私はさすがに、「試しに太る」とかいうほどの余裕はなく、今でも間食を控えています。
甘いもの食べたいよう。
(2014年12月4日)