SNS向きでない長文転記場所

5年くらい前に他で公開した文章をほとぼりが冷めたころに転載したものです

みんなどこにいったのか?

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大学の頃、私の所属していた団体の部室に「会誌」なるA3大のノートがすえつけられていました。
思えはあれは今でいうツイッターのタイムラインに似ていて、会員が好き勝手なことを適当に書き散らしていたものです。
曰く

「○○の単位落とした」
「今週のドカベンは相変わらず期待を裏切り予想を裏切らない出来だった」
マクドナルドの65円バーガー3個に対して、80円チーズバーガー1個を混ぜると飽きずに食える」
8月32日は8(ふぁ)3(み)2(つう)でファミ通の日!」

などなど…。
私が1回生のころは書き込みが盛んでしたが、大学院生になったころにはほとんど書き込む人もいなくなってしまいました。
卒業で人が入れ替わったというのもあるのですが、それにしてもみんな、どこに行ってしまったのかと不思議に思ったものです。

あれから幾星霜、私は2009年ごろからある読書系SNSに参加させていただいています。
足あと制度があったころの昔のmixiにそっくりな仕様のものなのですが、このSNSも似たような感じで人が減ってきました。
2009年頃には、1日に10件程度日記の書き込みがあったのですが、いまでは1日1件あるかないか。
私はここ以外にも、みくしー、ついったー、ほえすぶっくのアカウントも持っています。
うち、みくしーは過去も現在もほとんどコミュニケーションツールとしては役に立ったことはありません。
唯一、いま参加させていただいている読書会を知ることが出来た、というのが成果です。
ついったーとほえすぶっくは、このSNSほどではありませんが、かつてに比べるとだいぶん人が減ってきたように感じています。

最近のネットの傾向として、かつてReadMe! JAPANなんかが流行っていたころの日記サイトから比べてどんどん短文化が進んでおり、そのために読書系SNSからついったーに場を移した方も多いことでしょう。
しかし、それだけではこの参加者の減少を説明仕切れていないようにも思います。
それでは、みなさんいったいどこに行ってしまったのでしょうか…。

SNSに姿を見せなくなった方々をつらつら思い浮かべるに、

  • 就職
  • 結婚
  • お子様の誕生
  • 2011年の震災

などなど、ライフステージの変化や心理的な負担にともなうことが多いように思います。
そういえば、学生時代の会誌も、学年が進んで忙しくなったとか、バイトが新しく入ったとか、司法試験の勉強はじめただとか、そういった生活の変化により書き込まなくなった人が多かったようにも思います。
ということは、
「みんなどこに行ってしまったのでしょうか?」
という問いに対する答えは一つ
「みんな現実に行ったのだ」
ということになるのでしょう。
個人的には、これはまず間違いのない答えだと思います。
そして、ライフステージの変化がこの数年間比較的小さい私が、今でも件のSNSに生き残っている理由でもあるのでしょう。

この一週間、現実から逃れてお休みを満喫しました。
そのために、SNS(及びSNSの記事をコピペして投稿しているみくしーとほえすぶっく)の投稿が比較的多くなりました。
しかし、私もまた現実に戻るときがきてしまったようです。
ということで、明日から通常営業、切ないお話です…。

(2014年8月17日)

淡嶋神社でリア充に出会う

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盆休みです。
Bon Vacation!ボンバケ!(しつこい)
私は実家に帰ってきているのですが、実家近くの学習塾も盆休みです。
そういえば、出歩くと中学生とか高校生の姿も、8/10の週前半よりも多いように感じます。
受験生にとっても、つかの間の休息なのかもしれませんね。
♪ぼんばけにゃ学校も~試験も何にもない!
出たな妖怪!なにかようかい?

和歌山市の加太にある、淡嶋神社に出かけてみました。
http://www.kada.jp/awashima/
ここは女性の健康にかかわる神社として有名で、境内には無事の出産を祈る絵馬でいっぱいです。
あと、女性の下着を奉納すると健康を授かるという言い伝えもあり、末社には下着を放り込む穴が備わっていたりします。
かつては下着を柱に結び付けたりしていたそうですが、衛生面の問題か風紀面の問題かはわかりませんが、今では下着結び付けは禁止されているのです。

そして、それ以上に淡嶋神社を有名にしているのは、人形供養です。
全国から大量の人形が奉納されており、境内にもその一部が並んでいます。
噂によると、社殿の地下には髪の毛が伸びる人形が保管されているとか…。
ためしに、見に行ってみることにしました。

「一回乗っても南海電車」で有名な、南海電鉄和歌山市駅から加太線に乗り換えて15分ほど。
終点の加太駅に降りてから、途中で土砂降りの大雨に遭遇しつつつさらに歩くこと20分。
地味な神社に到着…と思いきや、境内の入口に海の家風のお店があり、すげーリア充的な人たちが群がっています。
海水浴場が近いのか?大雨でみなさん、店の中のほうで雨宿りしていましたが。
日陰者の私はカツアゲされないように目をそらしながら境内に向かうと、大量の人形たちが並んでいます。
噂にたがわぬ壮観。
招き猫ゾーン、干支人形ゾーン、熊の木彫りゾーンなどがありましたが、やはり一番は市松人形ゾーン。
なんか蜘蛛の巣かかっているし、呪われそうな迫力…。
ここ最近市松人形なんか見たことがなかったのですが、世にはまだたくさんこの手の人形が眠っているのですね。

写真は市松人形さんたち。
夜9時まで参拝可能です。

(2014年8月17日)

一生犬鳴!イヌナキン!

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盆休みです。
Bon Vacation!ボンバケ!(しつこい)
私は朝に食べないと午前中におなかが空いてどうにもならなくなるたちなので、休日も含めて毎日朝食をとります。
会社に行く日には、ストレスのせいで朝食も無理やり詰め込むという感じなのですが、ボンバケに入ってからは寝起きから食欲旺盛。
どんだけ会社嫌いなんだと、自分でも呆れかえってしまいます。
どんだけ~(IKKO風)
ぼんばけ~(IKKO風)

大阪府南部にある「犬鳴山」は、役小角が開山したと伝えられる由緒正しい修験道の聖地です。
修験道と言えば、もっとも有名なのは和歌山の大峰山脈なのですが、犬鳴山は大峰山脈の山々に比べるとアクセスが容易です。
しかし、激しい滝行の場である「行者の滝」とか、関係者以外立ち入り禁止の危険な山道にある行場など、今でも本格的な修行が行われているそうです。
予約をするとこんな修行も体験できるそうですが…。
http://guide.travel.co.jp/article/975/
最近、「南総里見八犬伝」なる本を読んでいて、なんとなくわんわんな気分なので、様子を見に行ってみることにしました。

バス停から降りて鳥居をくぐり、七宝瀧寺の敷地に入ると…なんか無断でバーベキューしている人がいる!
犬鳴川の河原は確かに人も少なくて穴場なのかもしれませんが、聖地でバーベキューか…。
マジびっくりです。

犬鳴川に沿って本堂に向かって歩いていくのですが、先日の台風の影響でまだちょっと増水しています。
ちょっとぞうすい、といってもヒガシマル醤油ではありません。
犬鳴川には合計48個の滝があるといわれているのですが、水かさが増しているおかげでどの滝も迫力がありました。
終点の行者の滝は、近寄ると非常に細かい水しぶきであっという間に体がびしょびしょ。
カメラを出すと、カメラがあっという間に濡れていくので心配です。
しかも、滝の真下は水圧のせいかものすごい風で、世界が違いましたよ。
勝手に滝行しないでくださいというような注意書きがありましたが、この環境で滝行したら流されてしまいそうです。
全行程をつうじて林の中なので、直射日光を浴びなくて涼しかったですよ。
お気楽に行った割には、迫力のある景色が見られて満足です。

写真は48個ある滝のうちの一つ。
ちょっと増水。
ヒガシマルではありません。(2回目)

(2014年8月14日)

千歳橋で高所恐怖症の克服へ

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盆休みです。
Bon Vacation!ボンバケ!(しつこい)
ここ10年くらい「ボンバケ」と言い続けていますが、全く流行る気配がありません。
孤独な闘いです。
ボンバケの歌も作りました。
♪ボッ、ボッ、ボンバケ!ボッボッボンバケッ!
m.c.A・Tです。
燃え出すような熱い魂です。(夏だけに)

大阪市の西部、木津川に千歳橋というかなり大きな橋があります。
10年ほど前に作られたのですが、下を大型船が通るために水面上28mという高所に架橋されています。
歩行者や自転車でも渡れる橋なのですが、2年前に行ったときにはあまりの高さに高所恐怖症の私は足がすくんでしまい、わたるのを断念したのです。

最近になって、ためしてガッテンのページで高所恐怖症への対処法を知りました。
http://www9.nhk.or.jp/gatten/archives/P20071212.html(リンク切れ)
かいつまんで言うと、足がすくんで動けなくなった場所で10分間耐えてみたら、恐怖感が消えるというものです。
人間は10分以上同じ事柄に恐怖を覚え続けることができないのです。
これは目からうろこですよ。
手元にあるへぇボタンを1秒間に16連打してしまいそうです。
へへへへへへへへへへへへへへへぇ~。
ということで、ためしてガッテンの手法が正しいのかどうか、もう一度千歳橋を渡ろうと試みることにしました。

結果からいうと、ためしてガッテンが正しいのかどうか検証することができませんでした。
ここ最近いろんなところに遊びに行った成果なのか、多少は高いところに慣れたようで、今回は千歳橋の上に登っても動けなくなるほどの恐怖を感じなかったのです。
いっぺん星のブランコでも行ってためしてみるしかないのかな…。
http://murata35.chicappa.jp/meisho/buranko/

写真は千歳橋上からの光景。
遠くには工場地帯がみえます。

(2014年8月12日)

うるしの近代+東福寺周辺おさんぽ

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「うるしの近代」なる展示会を見るために、京都国立近代美術館まで行ってきました。
http://www.momak.go.jp/Japanese/exhibitionArchive/…/404.html

漆製品については正直そのよさがよくわかっていなかったのですが、今日実物を見て理解できました。
表面がつるつるであるにも関わらず、鏡のような映り込みが少なく、吸い込まれるような黒色がとても美しいのです。
これは実物見ないとよくわからないし、実物見ると一目で理解できることでしょう。
よく建造物なんかで使われる黒大理石だと、ピカピカな状態にしてしまうと完全に鏡のようになってしまいます。
(余談ですが、私はこのような黒大理石が床に使われた建物でふと下を見たところ、女性のスカートの中身がまるまる見えてしまったことがあります。)
一方で漆の場合はこのような光の反射が少なく、見た目に真っ黒に近い状態となります。
キモイ理系風のことをいわせていただくなら、
「素材固有の反射率が低い」
ということを示しているのでしょう。
パソコンのモニターなんかにつける反射防止フィルターと似たような感じです。
作品の中には金粉や螺鈿の比率が高くて華やかなものもありましたが、どちらかというと黒を活かした漆器のほうが美しく感じました。
感動で目がうるうるしましたよ。(漆だけに!)

そのまま帰ろうと思っていたのですが、曇っていたおかげで気温が低くて過ごしやすかったので、東福寺のあたりを観光してきました。
でかい一眼レフもった西洋人の観光客がけっこうたくさんいたのですが、いろんなところで英語が全く通じなくて気の毒でしたよ。
京都といえども中心部と違って英語の看板もあんまり整備されていないのです。
庭園はこの猛暑で苔の色があせてしまっていて、ちょっと期待はずれ。
紅葉の名所だけあって、みどり葉がすごくきれいでした。

写真は東福寺近くの住宅街裏山にある仲恭天皇中宮の陵。
近くにある仲恭天皇陵より見晴らしがよく、こちらのほうがいい場所なんじゃないかと思えてしまいます。

(2014年8月3日)

京都で旗折り

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仕事がうまくいっていないときほど、休日は外に遊びに行きたくなります。
6月から上司が変わったのですが、実験の進め方の裁量をほとんど与えてくれないのでストレスがたまります。
使用可能な方法が強く制限されてしまう上に、目標値は厳しいまま…。
上司の意図した方法では、目標達成は絶対に不可能だと思うのですが。

今日はせっかく?雨が降りそうなので、京都に行ってきました。
個人的には日本庭園、特に地面が土ではなく石のタイプのものは晴天時よりも雨のほうがきれいだと思うのです。

人の少なそうな松尾大社を選択したのですが、本当に誰もいなくてびっくりしました。
庭園を見ながら抹茶とお菓子をいただくことができるのですが、12時過ぎに訪れたにもかかわらず、私が最初のお客さんだといわれました。
係のおばあさんと話し込むこと30分あまり。
私がひとりものだとわかると、お見合い写真を見せられそうになったので断ってきましたよ。


どうも、松尾大社を訪れる人の中には、お見合い写真をおいていく人がけっこうな数でいらっしゃるそうです。
イベント消化のためのフラグ回収を失敗したかもしれませんが。

そのあと歩いて嵐山に行き、さらに電車で二条城へ。
私は京都に住んでいたこともあるし、それ以外でもなんども京都を訪れているのですが、なぜか二条城だけは行ったことがありませんでした。
有名なウグイス張りの廊下で遊んでいたら、外人さんに怪訝な目で見られました。
外人さんにとっては、ウグイス張りといえども単なるぼろい廊下にしか見えなかったのかもしれません。
二の丸庭園はともかくとして、本丸庭園ってたんなる芝生広場にしか見えませんでしたよ…。

期待していた雨はほとんど降らず、単に湿度の高いだけでした。
とはいえ、太陽が照っていなかったおかげで比較的涼しく、屋外にいてもそれほど苦痛ではなかったです。
こうやって、思いつきでいきなり京都に観光にいけるのは、けっこう幸せな身分なのかもしれません。
まあまあいい一日でしたよ。

(2014年7月13日)

勘違い成功体験のつみかさね

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半分愚痴にちかい話ですが。


私は意識低い系の人間なので自己啓発に関する本とかはほとんど読みません。
ただ、たまに本屋さんに行くと「成功体験」という単語がタイトルに含まれるような本がけっこうたくさんあり、一つのキーワードとなっているようです。

私の人生を振り返ると、受験勉強に関わる成功体験だけは豊富なのですが、それ以外についてはあまり成功してきたような気がしません。
遺憾ながら、私の人生は現在のところ7割程度が仕事、3割程度がプライベートという比率のように思います。
プライベートでの成功体験がほとんどないのは私に特有のことがらのように思うのですが、仕事での成功体験というものを本当に他の人たちは持っているのか疑問に感じたりもします。

最近のニュースを一つ引用します。
すき家:過酷な労働環境…新入社員59%3年以内に退職:
http://mainichi.jp/select/news/20140801k0000m020146000c.html (リンク切れ)
「経営幹部が拡大路線の成功体験を引きずっており、意識が変わらなかった」

もう一つ、ちょっと前のニュースを引用します。
日本板硝子チェンバース社長が家庭の事情で辞任、藤本会長復帰
http://toyokeizai.net/articles/-/10900
「日本の古典的なサラリーマンは、会社第一、家庭が二の次。それが間違いとは言わないが、私にはできない」

どちらも、仕事に人生を捧げることで昇進してきた生え抜き会社幹部が、新規に入社した人々の間の感覚を理解できずに失敗した話です。
個人的にはこれを「勘違い成功体験」と呼んでいます。

この類の話は色んなところで見聞きします。

・局地戦での「成功」を大局的な「成功」と見誤った
・当該の「成功」の特殊性を見逃して、ユニバーサルに適用できる方法と勘違いした
・振り返れば他のやり方なら、もっと「成功」できたはずだった
・実際には失敗した部分も多かったのに、「成功」部分しか見なかった
・「成功」の要因は自分以外にあったのに、自分の行動が成功に寄与したと思い込んだ
・「成功」のハードルが低かったために、誰がやっても「成功」するような条件だった

などの要因で、「勘違い成功体験」を積み重ねた人が相当いるように思うのです。
というより、仕事の世界で100%の成功なんてそうそう見たことがありません。
こういった「勘違い成功体験」を積み重ねた人がえらくなると、本当にろくなことが起きないのです。
一旦「成功体験」を積んで自信を持ってしまった人は、失敗を理解できず、いままでのやり方を変えられないことが多いです。
私がしたっぱの目から見ているからなのでしょうが、本当にこの類の話が多くて気がめいることもありますよ。

(2014年8月2日)